現代教育研究所は、人間を原点に、わが故郷広島を拠点にし、もう一度「教育」を通して「ひと」の生きる意味、生きる価値を考える場として発足しました。
その源流は1992年 杉原耕治、八ッ塚実を中心にスタートした盈進中学の教育実践に遡ることができます。
「人の心と生命を大切にする教育」を求めるという同じ気持ちを持った仲間たちのふれあい広場になるような、さまざまな活動をすすめています。
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| 設立の主旨に賛同する人ならどなたでも入会できます。 |
●年2回以上の集いを持って、教育の話を中心にいろんな話をする。
(講師を招いたり、読書会をしたり…)
●その他、いろいろ会員が思いついた楽しいこと(活動・情報)を仲間に伝え広げる。 |
2003年・2004年は岸本裕史先生を招いて「勉強が大好きな子どもを育てよう」という講演会をしました。
2005年5月には、私たちの郷土の歴史と文学を知るために、「江戸時代の山陽道を歩こう」という歴史散策を行いました。
(その時の新聞です。)
2005年は、12月14日にふくやま文学館にて「極東のパライソ」と題して、代表の杉原耕治が日本の歴史と教育について話をしました。
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やっぱり学校ってすばらしい
-すさんだ学校から学びの学校へ-
杉原耕治 著(現代教育研究所 代表)
定価 2,100円(税込み)
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いまどうしたら学校を救えるか |
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学校が皆で楽しく学べる場になることを希って、元・盈進中学校長が自らの学校改革を基に問題提起した書。 |
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どんな荒れた学校も、教師が燃えれば必ず生まれ変わる! |
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真の教育をもう一度地域や学校へ呼び戻そう!
学び創る輪郭の大きい人間をつくるために。 |
田渕五十生 (奈良教育大学教授)
「教育とはどのくらい濃い感動を与えれるかだ」と言う。著者は、その一徹な信念で、荒んだ学校を見事に再生させた。著者の貴重な経験から紡ぎだされた教育への熱い想い。今、教育界は、学校改革の夢に挑むドン・キ・ホーテを必要としている。
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学校再生アンソロジー
-ある私学の挑戦-
杉原耕治 著(現代教育研究所 代表)
定価 2,100円(税込み)
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| 非行がひどく、年間70人の中退者を出すという大きな問題を抱えていた学校を、教師と保護者、生徒たちが一丸となって学校を生まれ変えさせるまでの20年間をまとめた。
教師改革は生徒たちに教科書とノート、そして鉛筆を学校に持ってくることから始まった。 |
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笠原 肇(室蘭工業大学講師)
「一年半で必ず学校は変わる!」帯にこう書かれている。 まさかと思う人は本文をよんでみるにしくはない。「やっぱり学校ってすばらしい」に続く第二弾である。
読んでいてこの著者がうらやましくならない読者は、教師とは言えないな、というのが評者である私の第一の感想である。なぜなら前著では私立盈進学園の実践であった。現在五十五歳。あっさり退職した著者杉原氏は、「現代教育研究所」を設立し、「荒れ」と「いじめ」の解決を目ざしはじめる。
「話は急激に動いていった。その年の秋、私は藤井学園の教育研究所長として招かれ、藤井学園の学校教育の現状を分析し改革の道すじを創ることになった。四ヶ月かけて『藤井学園改造大綱』という三万字余りの報告書を出したら、『ほんとうにそうなるのならやってみて欲しい』ということになり、とうとう寒川高校の校長になってしまったのである。」
さてこの本は盈進学園中学校の校長時代の実践をまとめたもので、一つの方法論が検証されている。この方法を展開すれば今度新しくはじめた寒川高校の変革も確かなものであろう、という著者の戦略が見えてくる。
二十年かけて変えていった盈進学園の闘いはやはり刮目に価するものであろう。年間七十名に及ぶ退学者を出した問題山積の学校を、東大合格者も出す進学校に変えた力倆は並みの実践力ではない。氏はその二十年間を三期に分け、第一期は「ほんとうに来てよかったと言える学校」、第二期を「人の心と生命を大切にする教育」、第三期は「授業こそいのち」「すてきな仲間づくり」という具合に設定した。中学校教育課程で目を引くのは、一般教科の他に「創作」「読書」「人間学」という科目があることだ。「創作」では学年ごとに(一年)「楽しく作り基本を学ぼう」が目標で、美術・技術・家庭がドッキングしたものである。(二年)「人間は何を描き何を作ってきたか」(三年)「総合表現」形あるモニュメント作りというのが、大まかなカリキュラムである。「読書」では一年から三年まで月別の指定図書を五十冊ずつそろえ、系統的な読書をさせる。そして最も面白いのは、「人間学」という科目であろう。一年生の週別の指導計画がのっているが、これはもう大変なことである。テーマ、学習内容、教材と三項目になっているが、四月の三週分を見ても一週目・「なぜ立候補するのか」(学級民主主義)二週目「努力って何だろう」三週目「『いつかきっと』の世界」というもので、どういう教材を使って、どういう学習をするのかが一目瞭然となっている。杉原氏も書いているが、担当した八ッ塚実という教師の力は、はかり知れない。一般にこういう科目は組めるものではない。また各教科別のテーマも、なんと特異なものであろう。これは参考になるから是非とも紹介しておきたい。
国語-深く読み、清く書く。
社会-遠くを想い、近くを考える。
数学-厳しく見つめ、正しく解きあかす。
理科-広く探り、一点を究める。
音楽-豊かに唄い、美しく奏でる。
創作-みんなで創り、一人で造る。巧みに接し、技をみがく。
保体-高く挑み、熱く競う。
英語-外を知り、内を語る。
もちろん、サブに解説がある。しかし、教育現場にこんなリズムのある教科の指導テーマが持ち込まれたことが、かつてあったであろうか。ない。これは奇蹟である。各教科の授業報告もあるが、もう紙数はない。通読して氏の方法論は、まさに理にかなっているということを感じさせた。朝日新聞香川版に書いた紙面批評を最後に引用しておこう。
小渕優子さんが故小渕前首相の身代りとして当選したあとの感想なのだが、その最後は以下の通りになっている。「いつまでも時代や状況を嘆いても展望は生まれない。こうした状況の中でこそ、教師は、学校は頑張る必要があるのだ。教師は教師として、政治家は政治家として、何より『人間』として復権する営みが今、問われている。」ただの教師がこう言ったり、書いたりすると読む者は白けてしまうのがオチだ。しかし杉原耕治が言えば、そうはならない。氏は確かに次々と言ったり書いたりしていることを実現させて見せるからである。『子供を喰う教師たち』を書いた鵜川昇のような、鼻持ちなら無い自慢もない。次の報告が楽しみである。(図書新聞
2001年5月5日 第2532号より)
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極東の頗羅夷曾
-江戸学事始-
杉原耕治 著(現代教育研究所 代表)
定価 1,400円(税込み)
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江戸時代の備後地方の隠れたエピソードを紹介した「極東の頗羅夷曾」を出版した塾経営杉原耕治さん(福山市高美台)は「備後地方に偉大な先人がいることを知ってほしい」と話す。福山市の私立盈進高校で教諭をしていた1985年ごろ、アメリカの学者の著書に「江戸時代に暮らしてみたい」と書かれてあるのを読んだ。鎖国など暗いイメージがあっただけに、不思議に思って調べたところ、そのころは俳諧、歌舞伎、茶道など高度な文化が開花。興味を持ち、「当時の備後にも素晴らしい文化があったことを知ってほしい」と2005年12月、自費出版した。
四六版、230ページ。タイトルは「天国」を表すポルトガル語から付けた。福山の成り立ちや町名の由来を紹介しているほか、福山藩が神田(江戸)に次いで2番目に引いた上水道、藩の公金を持って江戸に行く武士を見守った三蔵稲荷神社のキツネ、広島から信濃に移った武将に新酒を送り続けた三原の造り酒屋の話などをつづった。戯作者、十返舎一九が東海道中膝栗毛の続編で、鞆の浦と阿伏兎観音を描いていることなどにも触れた。
読んだ人からは「地元にこんな歴史があるとは」と反響があるといい、「今後も備後の隠れた歴史を発掘したい」と目を輝かせた。(読売新聞
2006年3月12日より)
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木綿橋からもういちど
-病む現代を照射する江戸の暮らしと教育-
杉原耕治 著(現代教育研究所 代表)
定価 1,300円(税込み)
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自由都市江戸。
封建時代という一言で、多くの誤解を抱かれてきた。共に学ぶ素晴らしさと豊かな自然との共生を亨受してきた江戸の人々の生き方は、現代の空虚を埋めて余りある。
<内容>
「津」の街福山から
いとなみから生まれた福山城下の地名
「江戸」を見る「江戸」から見る
誰でもできた読み書き算盤
寺小屋師匠はボランティア
パズルのように数字で遊ぶ
最先端のリサイクル都市江戸
太陽の恵み着物姿
平和・非戦都市江戸
豊かな食文化を育んだ商業の発達
旅人にやさしい村々-泉光院旅日記
歩いて歩いて東海道気まま旅
弥次さん喜多さんが元気なわけ
「豊か」な破綻
新春そして節供と暦
旧暦は日本人のリズム
落書きの寿命
支倉常長の鼻紙
和紙は「農」、洋紙は「工」
自由交易がもたらした恩恵
バレテンと江戸文化
殉教者の精神
棄教者が蒔いた文化の種 |
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明治以降、日本は富国強兵を国是として殖産興業に全力を傾注し、このように物質が豊かな世界でもトップを争う経済大国へのし上がった。その原動力となったのは実は江戸時代が世界でも例を見ない教育、文化国家であったからである。しかし私達が江戸時代に対して持つイメージはあまりにも暗い。鎖国、身分差別、重税、飢饉、キリシタン弾圧等と、明治以降の政府や知識人から押しつけられた時代像をいまだに払拭されずにいる。おっとどっこい私達の祖先は、そこに素敵な文化を育てて生き生きと楽しく生活していたのである。
本文でも触れているが、ワシントン大学の近世研究家の大御所スーザン・B・ハンレー教授は、「私がもし19世紀に生きるとすれば、上流階級ならイギリス、一般庶民だったら江戸で暮らしたい。」と述べている。永井荷風達が”近代化の明治”に絶望し江戸に回帰したように、私も今の時代にがっかりしたからもう一度江戸時代に立ち帰って、日本の在り様を考えてみたい。
(著者の前書きより)
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